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2012年3月13日火曜日

不思議な出会い

夏が待ち遠しく、行ける時に!と以前から惹かれていたタイへ。
あまり何も準備なく、心の赴くままにと旅立ちました。

とはいえ、宿泊先はのんびりできるリバーサイドのホテルに停泊することに。
素敵な景色を少しでも眺めていたいから部屋はリバーサイドに。広大な敷地で緑も多くホテルは去年の年末にリニューアル・リブランドしたばかりのアナンタラ・バンコク・リゾート&スパへ。

空港からホテルへ移動する歳、エアポートリンクという空港に直結している電車から市内の電車が連絡している駅のホームでターバンを巻いたおじさんに声をかけられました。この観光客が通る場所での出会いに疑惑が。。

ホテルのボートが迎えにくる船着き場のある駅に行くのに乗り換えもあり、地図を凝視していたから!?

どこに行きたいのか?って。素直に答えたら自分も方向が同じだから一緒に行ってあげると言ってくれます。
しかも船着き場のある駅より、川を渡ったひとつ奥の駅で降りそこからタクシーのほうが分りやすいとおっしゃる。

ボートを利用しホテルに向かうのは難しすぎるというのが理由だそう。

私の想像だとボートはホテルのものだし、船着き場には15分おきにはボートが迎えにくるっていうのなら何も難しい話じゃないのに。。
しかし、おじさんはいやいや、ボートでホテルに行くのは複雑だと、タクシーつかまえて上げるから川を渡った駅まで一緒に行こうと。

この時点でおじさんの描いているボートと私の思うボートが違うから話が食い違っているのか、おじさんがタクシーの運ちゃんとつるんでいて、ぼろうとしているのか。。

電車に乗り込むと周りにも英語の理解できる観光客がいる。
私とおじさんのやりとりは隠されたものでもないが、どうみても観光客にたかろうとしている図に見えるだろう。地理的にはおじさんの言っている行き方も間違ってはいない。

おじさんは優しさで言ってきているのに、疑うのは悪いと思っても、やはり、着いてそうそう荷物も持つからと違うところへ誘おうとする人を信じて良いものか!?

行きの飛行機で隣に座った日本に留学中のタイ人の女の子は以前バンコクの大学に通い住んでいたそう。
その子から散々「おねーちゃん信じられないよ、一人でバンコクに行くなんて、しんぱ〜い;;」と再三言われ、私自身何も恐れていなかったのに、いざこんなシチュエーションだと彼女の言葉が蘇る。同時に「夢をかなえるゾウ」のガネーシャを思い出す。主人公と同じようなシチュエーションだ。神に近いものがまさかこんな恰好ではないだろうと。。

何よりボートでホテルに行きたい!そのことを伝え、当初の予定通りに。
しかしおじさんはホテルまで送ってくれるという。船着き場に着く前に、おじさんが胸ポケットから出したのはストーンブレスレット。長らくおじさんが持っていたものだそう。


これは、私の人生がスムーズにうまく運ぶようにと、またあわせてマントラもふたつほど伝授されました。自分の国の言葉で書き留めてくれとペンを渡され日本語にはない発音をどうにかカタカナで表記してみる。遠くにいてもおじさんは祈っていると言ってくれました。
ちなみにマントラを唱えるときは左の鼻の穴に意識を向けるのだそう。男性は右の穴だそうです。こんなマニアックな事教えてはくれないだろう、ただぼりたい人はと思うのだが。。
(この男性、2歳の時にタイに移住したインド人。故にターバン頭にまいている。職業は瞑想を教えること。)
さらに、私の人生が良い方向に動いたり素晴らしいことがあったら電話で教えてくれと携帯番号を教えてくれた。心の中で望んでいることが叶ったら本当に電話で知らせようと思う。 
話してくれていることは、スピリチュアルだけど、胸ポケットにはプラスチック製のフォークとナイフが2本ずつ。聞けば、ファーストフードを食べたあとの爪楊枝がわりらしい。
去年インドのアシュラムで、瞑想やヨガを一緒に行ったマスター達とは大違い。まず服装がアメリカンカジュアル。そして小汚い。

私の疑いをはらしたいのか、ただの親切心か、船着き場に着いたら、今度はホテルに自分の携帯からかけて私が着いたことを知らせるという。
実際そうしてくれたが、その前に、ホテルのボートは15分ごとに送迎していることは伝えたのに。。
親切をとにかく受け取ろう。 ボートがやってくると、おじさん少しテンション上がり気味。
ホテルの客しか乗らないので地元民のおじさんは「こんな立派なボートに乗れるなんて☆」
と言ってる。乗り込むとスタッフがレモングラスの香りのついたおしぼりを渡してくれ、おじさん嬉しそうに顔やら首やら耳の後ろを拭く。(←どこの国でも同じなのね、おじさんと認識される方々はおしぼりを手以外の箇所に利用するとこって、、などと変なことに感心してみたり。。)

10分ほどボートに乗っている間におじさんの携帯が鳴り、会話はタイ語で話されているので、当然理解できない。切ると 山の上から電話があったと教えてくれる。山の上にはおじさんのアシュラム的な家があり、瞑想を教えたりするところらしい。そこでこの天然石のブレスレットを作ったそう。その時点でも、もしやタクシーの運ちゃんが「今日のかもはどうした!?」なんて連絡じゃ!?と頭をよぎったりしてしまう。

フロントまでぴったりと荷物を持って着いて来て、フロントの人は、『何人でお泊まりですか?』とこれみよがしに聞いてくる。おじさん、いろんな人に疑われてかわいそう。。
だけど、そういう恰好だし。

フロントのお姉さんが部屋までご案内しますということで、最後はホテルのロビーで、「日本語でおやすみってなんて言うの?」そして「おやすみ」と言って別れた。

信じる者は救われる。けれど着いてすぐの外国でホイホイ着いてくのも何だし。親切を疑うのって失礼だからなるべく心を開いて話した。

結果とても親切な方ということになるが、最初から100%信じた態度でなくて済まないなと思う。人はみかけによらないといっても、やはり身なりは大事!?

素晴らしい人生です☆といつかおじさんに伝えたい。


2011年7月31日日曜日

Study English in Malta

7月に3週間ほど、マルタ共和国へ語学留学。

久しぶりの英語づくしで頭が朦朧。。
友人ができる前、日本人に会わないのと、勉強が忙し過ぎた時で、はけ口も無いときはホームシックになったりもしたけど、、。
各国の楽しい友人達に出会ってからは楽しい日々となりました。

通った学校はふたつ。

ひとつは、ぎりぎりまで待ったもののビジネスクラスを開講しないということで、まずはジェネラル英語のグループレッスンのクラスに。
テスト後に入ったクラスは、upper intermediate とは思えないレベルなのと年齢があまりに若く、いくらアジア人は若く見られるからって、気恥ずかしくなり、逃げ出す。(もちろん1コマ終わった後に。そして2つ目の学校を探しに☆)
入金した後で、キャンセルはしたくないので、アドバンスのクラスへ(この学校は全体的にレベルが低いのだと思われる。でなきゃ私がアドバンスに入りそれなりに授業を満喫できると思えない。。)生徒は私入れて2人というラッキーな状況だったが、ジェネラル英語だったので、翌週からビジネス英語をプライベートレッスンで勉強することに。


もうひとつの学校は、偶然の出会いで、運命を感じた。日本で、代理店の人が勧めていた学校なのでまあいいかなと思い、探しに。地図が比較的読める女なのに、どうしても見つからず、通りがかりの人に聞き、見つけた。

ここは最大6人までのグループレッスンでビジネス英語のクラスが開講、程よい人数で勉強もしやすく友達もできるだろうということで入学。そしてもうクラスもあと2日という頃、当初探していた学校でないと気付く!が、先生もとてもユーモアがあり、教えるのも上手な方で、イギリス大学入学前の語学コースで数多く出会った中でも、良い先生がいたが、今回の彼女も負けず劣らず、最高の先生。クラスメイトも各国の生徒が絶賛していたので間違いないと思う。

1週目は授業の内容はビジネス全般に網羅したもの。
2週目は生徒の入替わりもあり、弁護士のフランス人とロシア人、海洋水のリサーチャーのシシリー人、フィジカルセラピストのイタリア人、大学のファイナンシャルマネージャーのチェコ人と私という国も職種も多様だったので、みんなが勉強したいビジネス英語の内容で授業が進んだ。
おかげで幅広く勉強ができて良かったし、彼らと校外でも交流することで楽しい日々となった。
あのまま、あのメンツと先生で勉強できたら楽しいし、語学力アップ間違いと思う。。
こういう出会いがまた日本であることを祈る。
※当初探していた学校は悪評があるとわかり、行かずによかったw 後で行ってみるとこれに気付かないなんてというくらい目立つ大きな学校だった。。不思議だ。。


続きは、、、

インド滞在に比べ、食事の量の多さと内容に胃がもたれる以外、体調万全で写真を撮った数も多く、向こうでできた友人のカメラの写真もシェアしていくとなるとfacebookで管理した方が都合が良いので写真を時系列にアップしdescription のコメントで日記に。

http://www.facebook.com/profile.php?id=665093835


2011年7月30日土曜日

最後まで ザ・インド_(まきで日記終わらせるため、長い。)

旅も終盤、帰る準備 ネットや旅行会社へ行くぞと街へ。その前に朝食を食べレストランへ。
こう見るとかわいいが、コップや食器はウェットティッシュで拭くと茶色いものがとれる。
拭くと余計飲食物にとけ込みそうだし、知らないふりが良いだろう。
下痢の洗礼も受けたし免疫もなくはない!
あとで違う日に行ってみたら 食器を1階と2階部分の間の高さにある屋根で干していた。

熱消毒か!?日々の汚れを地道に洗い落として欲しい。。

ここではチヂミみたいのを食べた。インド風ピザというかチヂミだな。。
それからラッシー プレーン。
身体にしみ込む乳製品。ところで、飲み物を頼むときはシュガーレス!!!と言わないと
あまーくなって出てくる。
習慣になっていないので何回かやってしまった糖分過度摂取。


何を話しているかといえばノルウェイの森の映画について。
台湾人の彼は、本で読んでおり、とてもキーとなる場面が映像化されておらずご満悦ではないらしい。。細かいところを覚えてないので、もう一度読み返そう。



旅行会社のおじさん。大きいお札しかなくおつりが大変だけどといったら下を出して笑った。のがかわいくて写真撮るからと何回もやってもらった。快く私の指示に従い舌を何度も出してくれたw


次に印象深いのがこれ。なんか、ココロがありそうな顔。こやつを自室の部屋の壁に、へばりついているのを見て、「見なかったこと」にした。まず、届かないし、届いたところで、どうしていいのか。。無害だろうけど、眠るのが少し不安だった。


熱気と匂い(ほこりとちょっとホームレス嗅)大量のハエ、牛、猿、それらの糞、売り込み、物乞いがセットでないとあまり伝わらないインドっぽさ。

小高い丘をのぼり、ピラミッドカフェへ。











 沖縄の山の中にあるカフェの様。チベットがコンセプトでカラフルなバンガローで宿泊もできる http://www.pyramid-cafe.in/

ここが一番落ち着けて食事もおいしくよかったw
ハンバーガーももちろんベジタリアンミールなので肉じゃないんだけど。モモも飲茶系が好きな私には予期せぬ出会いで、嬉しかった。どこへ行っても似たりよったりなのにこのカフェだけが異空間。隠れ家カフェ。

夜、最後にみんなと名残おしい(デザートの銀泊のお菓子!?がなぞのまま、お祈りも暗記できないまま)食事をし、バス停へ。




一日前に切符も買ったし、いざバス停へ。1本道とはいえ、ごちゃごちゃしていて、一体どこがバス停なのやら、、。目的地が定かでない中、時間はせまるので、早歩きで。
台湾人の友人が私の荷物を運んでくれた。。病み上がりの私は少しでも体力を残さないと、車中は眠れたものではないので、ぶりかえすととてもまずいので、助かりました。。
が、そんななか、バス停に着くとホッとする間もなく着くとそこは、トラベルエージェンシーだったのだが、チケットを見せると速攻「そのバスはキャンセルされたから、返金するよ。大きなバスターミナルへ行ってそこから、デリー行きのバスに乗って。ノープロブレム」だと。。

出たー!! まさかのキャンセルー!!こんなことになるとは思ってもいなかったので、とにかくバスターミナルへ急がねば。。しかしあまりに街の一本道の中途半端なところに居たので、私と友人と二人で歩いていると、リクシャーがつかまらない。。

そこで友人はスピードが落ちたリクシャーに私の荷物を投げ入れた。当然私も飛び乗るとことに; ;  短い握手をし、ゆっくりと挨拶もできないまま別れることに。

バスターミナルはとても暗い、、。人とバスで込み合ってはいるが、、そんななか、「デリデリー」と聞こえる。確かめると返金された額の半額でデリーへ直通で行けるという。300円ちょっと。やす!
この上なく汚く古いバスだ。。おんぼろバスは今までで一番恐ろしいドライブマシーンへ。長い車体だっていうのに、追い越ししまくりで、前方から車が来ると、元の車線に戻るのだが、立体車線で、もう、どれだけはらはらさせられたか。。
運転手席近くの席で私はたまに声をあげていた。。8時間もハラハラしっぱなし。席も進行方向に対して横向き。ベンチのような座席で身体を固定させるので精一杯。。デリーに着くと、「ほら無事に着いたぜ!」的なニヤリ顔した運ちゃんが私を見る。こんなに男気のある人初めてだ。けど、運転は安全第一にお願いしたい。

結果ノープロブレムだったので、よかったw

もう、これはデリー観光どころではない。身体がほこりと排気ガスだらけだし,睡眠一切してないし、心身ともにヘロヘロということでホテルへ直行。

シャワーを浴び、仮眠し、シーツにくるまい至福を味わう。とはいえ、せっかくなので仮眠後デリーのメインバザールへ散歩に。






ホコリ/排気ガス/ハエ/糞/騒音 が相変わらずすごい。
と思っていたらそれを洗い流すようなものすごいスコールが。。


 たまたま軒下を歩いていたのでそのままそのお店の軒下へ。店内にも振り込む勢いなので、店員が、店の中へ入れと。しかし、そこはハエ天国。ハエだらけで嫌だというと、ハエは安全だと。そういう問題じゃない。多少雨水がかかっても、ハエ群衆の中に居るよりはましだ。

雨もあがったので、気を取り直し最後のチャイでも飲もうと、教えてもらった人気のカフェへ。結局オーダーしても、なかなか来ないので、諦めて外へ出ると、兄さんにキャッチされコーヒー飲んでいかないかと。友達になろうと。その小さいお願いが最後には、「結婚しよう」に。親戚・親友がアジア人の奥様をもらっているそうで、親アジア度高いが、初対面の求婚には、カシミール地方の美しい山出身でそこで暮らせるからって、無理だ。せいぜいfacebookで挨拶するくらいのお友達希望ということで、フライトがあるのでさよならする。インド最後がコーヒーの味の思い出に。。


空港で、お腹が空いたので、サモサを食べた。スパイシーで美味しい。後味は一気にインドらしく。



体調がすぐれなかった。。暑いのか疲れなのかわからないが、帰国後1週間はだるかった。咳も出ていたし。。いつまでも余韻のあるインド。

インド人の友達とはfacebookで交流。いつインドに来るのかと、ありがたいが、少なくとも冬がいいと思うし、そんな簡単には戻れませーん。なぜなら、食べ物も文化も天気も人も何もかも、それらによって、今のところお腹いっぱいだからでーす。消化しきれるだろうか。濃い旅でした。。


2011年6月30日木曜日

アシュラムにて レボリューションから音楽会まで。。








左の男性_ヨガの先生に、アシュラムの食事の改革のため、真ん中のイギリス人女性が、アシュラムオーナーに書いた手紙をマックで見せて意見を伺ってる。このイギリス人女性が食事に対する不満がすごく、結構みんな辟易してたところもある。私なんかは質素な食事が当たり前なのかと思って、気にしなかったが、、。確かにレストランや高級ホテルでもないし、食事への期待度はまた別だが、ヨガをやるうえで、バランスの悪さ、栄養不足は否めない。

彼女が文句だけに終えられず、手紙を書いたり、それに同意できる宿泊者の同意を求めるなど行動に移し、物事が改善されるときはこうしてされるんだと。アシュラム滞在が初めてなので「こういうもの」と思っていた私もカルシウム、ビタミンの不足には同感。彼女は何が必要かまで事細かく食材を書いたリストも作成していた。

結果アシュラムのオーナーに集めた署名とリスト、手紙、そして電話では、「改善がみられなければヨガジャーナルに投稿する」や「いかに宿泊者が最悪なコンディションでヨガに挑んでいるか」など話したらしい。

その日から、改善されたのは明らかだった。

このfood revolution が、 結果を出す頃彼女は泣いたりして、メンタルが弱っており、せっかくのフレッシュフルーツやサラダが出ても、改革者本人が口にすることはなかった。
相当精神力を使って、戦ってくれたのに残念。

文句というのがネガティブなことではなく改善につながった。事なかれ主義ではなく、自分は本当にこんなもんだと思っていたので、まして、ヨガや瞑想等禁欲のもとだし質素当然、とはいえ、スタンダード以下のものまでも受け入れてしまい、、。物事を多角的に見る目をもたないと良くないなと反省。難しいとこだけどね。。とっても。



外出しないときは図書館で。ヨガ、瞑想に興味のお持ちの方が宿泊するアシュラムなので、持参の持ち帰り不要となった本は寄付され図書館になった。テーブル真ん中にあるのはアシュラムが購買しているもの。寄付されてる本は、ベースの興味が通じてるので、まあ、読みたいと思うものはある。

今回身体弱り 部屋に居る時間に結構読書を満喫した。
過去に読むタイミングでなかったが、また巡りあった本などアシュラムで親しくなった子から借りられた。私が疑問に思っていたことの答えも授かったりと実りの多い読書でした。

自分のは

「ヨーガではじめる瞑想入門」綿本 彰 
※実践しながら読むのです。都内で読んでもピントこなかったところがやっと頭に入ってきた!

「ある微笑」サガン 
※スピード感みたいのがたまらない。ドライで好き。

「幸福論」ヒルティ
 ※相当自分に興味のあるところしか入ってこない。10ページに1ページくらい。。

借りたもの

「スプートニクの恋人」村上春樹 
※インドに居ながらに完全村上ワールドへトリップ

「なまけ者のさとり方」タデウス ゴラス 
※めうろでした

「実践 アーユルヴェーダ」ゴピ・ウォーリアー  
※ピッタタイプでした。




 夜は(月)と(金)、週2回 食後に9時から一時間ほど行われる音楽会。素朴、これは百聞は一見にしかずというより一聞一見で、充分というものかな。
スタッフはこれがもう楽しみで楽しみでみたいな感じ。それだけに楽しい場ではあるが、、。

サイショはこんなのりで、、


そのうち踊りだし


最後なぜかお菓子が配られて終わるという、音楽会なのです。週2回は多いかな。演目やら新しいもの披露するための練習時間があった方が内容にも変化があるだろうよ、この頻度だと同じことの堂々巡りだよ。。
きっと今も変わらず伝統芸になるくらい同じことを繰り返しているでしょう。















2011年6月24日金曜日

インドで初病み

寒暖の差が激しいのと、疲れがたまったのか、はたまたアシュラムのヨガ・ニケタンジャパンから寄付された濾過水マシーンの飲水によるものか下痢の洗礼受けました。
ちょうど私が到着した日、先にアシュラム滞在していた子が到着4、5日目にして下痢と嘔吐に悩まされ、病み上がり最中とのこと。 木村さん(寄付された方)の水のせいかもしれないと言われると濾過済みの冷たい水という最高にありがたい代物にも手を出すのが怖くなる。少しずつ飲んでみたので身体には慣らしたと思ったけど、本当に何が原因かわからない。そのうえ、風邪もひいたらしく、悪寒と、最悪。。
そんななか、近くのアーユルヴェーダ薬局に行き、観てもらうと私の体質はピッタで、とオーガニックの薬とともに生活指導をしてもらう。とはいえ、すぐには治らない。病んだと知って同じアシュラム滞在のインド人の彼が胃に良いドライフルーツをお見舞いに。 長引く不調に食べ尽くしたので、買った場所を教えてくれと頼むと自分が買ってくるからと。そしてそのあと熱を出していたら、樹からギロイという枝をとってきてくれる。喉にも熱にもいいから一日朝5分噛むようにと。これもアーユルヴェーダの処方らしい。
とってきたという樹を見ると、ここに猿のように登ったのだなという場所にその枝が見える。
病んでたので、服のコーディネイトどころでなく、派手な農作業ふくの女のようなわたし。。庭を手入れしてる子に写真を頼んだので、人生で写真を撮ったことがないのか!?すごいアングルだが良しとした。奥の彼が私のアシュラムでの主治医的存在。写真ではわからないがすごい身体つきで元レスラーでだそう。今は小学校教師。
胃を蹴られて破れたのをきっかけに引退。小学校の先生というのは未来をつくる子供、つまりはインドの未来を手中にしている仕事だけにやりがいがあり、そういう仕事に就けて自分の仕事が大好きだし誇りがあると言っていた。感心!私の両親、祖父母は教員だが身近にいてもそういう風に考えたことないもんな。。

気温の暑さのせいだか自分の熱だかどちらでだるいのかわからず、体調の変化に気がつきづらい状況も手伝いまた一週間後せっかくの回復もまた悪転し、ギロイを採って来てもらうのだった。自分の不調を良くしてくれるために、樹から枝をとってきてもらうというのにはとても感動した。肝心の効能は、優しさへの恩返し的な気持を差し引いても、効いてると思う。

2011年6月23日木曜日

アシュラム施設

小高い小山を切り開いてたてられたアシュラム。(写真上)右奥の四角い小窓がある白い建物はゲートのレセプション。ここで部屋番号こ入出時間を記入し、セキュリティが良い。そして下界へと繋がる階段。これがまあ良い運動になるというか、一回は途中で休憩をとらないと登れない。といっても1分半くらいの距離だが。。ひとたびここまで登ると下のクラクションの騒音世界とは切り離された世界。この階段はサルやへび、大きなトカゲが出没。それらの糞もしかり。。高台に位置したアシュラム敷地からガンジス川を眺めることができる。季節によって水の色がアクアマリン色に見えるという。日によっては青っぽく見えたのが不思議だった。

 このベルにより一日のタイムスケジュールに記された始業を知らされる。
朝4時半のが起床のが聞こえないときがあるが後は目が覚めてさえいればどこにいても敷地内なら聞こえる。 後ろにあるのはマンゴーの樹。もちろん食事に出てくる。植物も豊富なら、動物も住みやすいところで、一日の目撃頻度はサルは、だいた3−4匹は。シマリスは1匹。

 食堂。

 食器洗い場。手前左が木村さんの水。

瞑想する道場。

階段あがって2Fがヨガ道場。

 部屋の方からゲートの方へ向かうと下り坂。

その逆上り坂。ゆるやかなスロープはけっこうきつい。

図書館。
本はすべてこちらのアシュラムに滞在の方々の寄付により集まったもの。故に国別に本棚が分けられている。タンスに入れる衣服用の防虫剤が本棚に定期的にたっぷりと入れられるのだが、虫よりも先にこちらがダメージ受けそうなほど、むせる図書館。ヨガと瞑想以外はだいたい敷地内に入れば、ここが唯一の行き場となる。


2011年6月22日水曜日

アシュラムでの生活


北インド のヨガの聖地といわれるリシケシでのアシュラムでは個室で生活。私の部屋から見える庭。ここは、インドでも一番きれいな敷地なんじゃないかと思うほど庭の手入れが行き届いている。
庭から私の宿泊していた棟。
食事がひどいということで何人か別のアシュラムへ移った人もいるが、他アシュラムに見学に行ったが窓に網戸はないわ、ヒッピーの安宿化してるわ、スワミジ(出家僧。冠婚葬祭などは、いっさい行いない僧。ここでは、瞑想に入るときの説教やマントラ唱えたりレクチャーをしていた。)は不在だわで、ただの宿泊になってしまう。。それにひきかえここは、環境といい天国。将来ヨガの先生になるべく大学院生(先生の中にはphd取得している人もいる一体ヨガにからんだことで何を8年も勉強するのか。。)も滞在していて、ヨガ・瞑想目的の滞在者しかおらず、落ち着くし興味が共通している部分も多く話しがしやすい人との出会いもあり良い。
そして何より、ゴミと騒音から逃れられ天国だ。こんな天国のようなところなのに、他の施設を見て、改めて良いとわかるなんて、贅沢病だ。。
食事は常に自分用のセットを持ち、使用後は洗い部屋にキープ。


部屋はバス・トイレ付きで窓際にベッド。最高にちらかっているところしか撮ってない。。


扉の奥がトイレとシャワー。


ベンチがあるのが私の宿泊しいていた部屋。

網戸と木の扉の下の隙間があり、虫入り放題。内側から毛布で隙間をうめ、扉は締め切り。夜は寒暖の差が激しく、涼しくなるので窓から涼しい風がそれにより二度ほど体調壊す。。


これがザ・セキュリティ!の鍵。全体的な雰囲気とこの鍵に古い刑務所のような雰囲気を感じ、とても泊まれたもんじゃないと初日は思ったものの、翌晩から、快適な住処と感じる順応性!?もしくはインドマジックに驚く。
 スイッチもファンのそれと調節ダイヤルは後付けなのできれいだ。とにかく結果(見た目以外は)オーライな国というのがここでもわかる。

ほぼ毎日、汗で汚れるので手洗い。というかバケツに水ためて、洗剤と服を入れたところに足でもんでいたので、足洗い。脱水は自力でしぼる。これがなかなか精神衛生上良い生活習慣だったと思う。面倒というより、むしろ楽しみだった。

 朝は必ず甘過ぎのチャイ(ミルクはフレッシュでなく粉を使用している、これが後で滞在者の間で不評になり、food revolutionが起こる)と一皿。この日は朝からジャガイモとひよこ豆のカレー味煮。辛い!朝から辛い!喉が痛かったのでショウガをもらいかじりながら、チャイを飲んだ。手前の残骸はショウガの皮。 この食事の一皿はたまにわけのわからない甘いソーメンのような日もある。甘いか辛いかだ。


昼も夜もだいたいこんな感じ。コップには水(ここの施設は日本にもブランチがあり、そこの代表の木村さんが寄付した濾過&冷水マシーンにより、買いに行かなくてもいつでも冷たい水が飲める)。奥の器にはダル。手前の皿にはチャパティとご飯。夜はだいたいきゅうりで昼はそこがスイカになる。真ん中のおかずはカレー味のジャガイモと何か。オクラだったり、ゴーヤだったり。これが毎日。栄養が足りてない。。し、さすがに飽きる。3食付きなのでこれがローテーションで出てくるのみ。。意外と同じものを食べられ続けられる私でもちょっと辟易したころ、レボリューションが起きた。